どうかしていた期、黒歴史

思えば 最初の妊娠中から

娘が 高校卒業まで。


妊娠中は やたらと悲しくて

悲劇のヒロインどっぷりで

よく泣いてた。


喧嘩しては

お腹に向かって ごめんね、ごめんね

って泣いてた。

あんな男がパパで ごめんねって。


本気で シングルマザーになる勇気が

なかったのは双子だったから。

好きではない親に 協力を お願いできなかったから。


子供が生まれたら

育児ノイローゼ

育児書片手に 完璧にやろうって。


親には 反発しまくりで

母親には 恨む気持ちがいっぱいで。


今思えば 恨む為に

育児書読みまくって

良い育児法と 良い心の育て方を

探しまくっていたのかな。

良い育児なんて ないのにね。

いや、自分のような人間にならないように。

自分を否定してたんだ。

悲しい。残念期。


母親を恨む気持ちが

自分を むしばんでいた。


鬱にもなって。


自分で 調べて決めた

心療内科に行って

最悪な女医にあたって。

副作用もひどいし。


今でも そんな私に育てられた

子供達が心配になるけど

両親と一緒だった事が救いになってた。


偽の、親を思う気持ちから

二世帯に決めたけど

私には 最悪だったよ。


喘息、アトピー


そりゃあ 楽しい思い出もたくさんある。


でも 心から楽しかったかと言えば嘘になる。


ママ友との付き合い。

薬とお酒。

心はやさぐれて。


全て空回り。


自己破産。


家族だけで団地へ。


5年後に離婚。


引っ越して子供達との生活。

今思えば 昭和のドラマの

貧しくても 家族が助け合い、思い合って

絆を深めるをやりたかったんだ。

ホント ばか。

薬とお酒は ずっと継続。


資格を取って

勤めては辞めを繰り返して

正社員で 頑張っていた先で

不倫。


公園で繰り広げる淫らな行動。


変わらず 働いては辞めるを繰り返す。


娘が高校卒業したと同時に

肩の力が ふわっと抜けて

軽くなった感覚。


無意識を実感した。


完全に薬を手放せたのはいつだろう。

今から 5年位前かな。

お酒は 1人暮らしをしてから 自然と

飲まなくなった。


メールカウンセリング。

懐かしい。夢中だったな。

まだまだ おバカさんだったな。

でも そこからの私は 愛しい。

バカだったけど 愛しい。

一生懸命だったから。

自分を取り戻すことに。

自分と 仲直りすることに。


1番思うのは

薬を手放して

目を見て 人と話すようになってから

対人関係が変わり、色々なことが

好転していった気がする。


まだ 途中。